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山口地方裁判所 昭和43年(ヨ)16号 判決 1969年1月27日

申請人 阿部幸作

被申請人 日本電信電話公社

主文

申請人の本件仮処分申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請代理人は、「被申請人は本案判決確定に至るまで申請人を被申請人の職員として取扱い且つ申請人に対し金三七万八、二九〇円および昭和四四年一月二七日から本案判決確定に至るまで毎月末限り金三万四、三九〇円を仮りに支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請指定代理人は主文第一項と同旨の裁判を求めた。

申請代理人は申請の理由として、

一、申請人は昭和二五年四月電気通信省に職員として採用され、昭和二七年被申請人が同省の業務を引継ぐや引き続き被申請人の職員として勤務するようになり、昭和二五年一二月以降下関電報局の通信課・検査課において、国内外の電報の送受信・検査の職務を遂行してきた。

二、ところで、昭和三六年一一月二八日下関市所在の市民館OS劇場において元日本共産党幹部会員、国会議員の志賀義雄、鈴木市蔵らの国会報告演説会が開催された際、同演説会場が右翼暴力団の襲撃を受けた。その際、同演説会場入口附近において写真撮影に従事していた警察官と演説会主催者側労働組合員らの間で、その撮影につき紛争が生じ、そのため申請人を含む四名が公務執行妨害罪、傷害罪として起訴された。

申請人は当時会場入口附近で受付事務を手伝つていたが右紛争には一切参加しておらず、従つて無罪であると主張し、公訴事実を争つた。しかし、第一審裁判所は申請人らに対し有罪と認定し、申請人に対し懲役八月、執行猶予三年の刑を言い渡した。申請人はこの判決に対し控訴、上告をなしたが昭和四二年一二月二一日最高裁判所が有罪と認定し右判決が確定した。

三、そこで、被申請人は日本電信電話公社職員就業規則(以下「就業規則」と略称する。)五五条一項五号(禁錮以上の刑に処せられたとき)に該当するとして、昭和四三年一月五日付をもつて申請人に対し同公社中国電気通信局長名の免職辞令を発し、同月七日その効力が生じたと称している。

四、しかしながら、本件免職処分は次の理由により無効である。

すなわち、

(一)  本件免職処分は日本電信電話公社法(以下「法」と略称する。)三一条に違反し無効である。

法三一条は職員が意に反して免職される場合を制限列挙し、それ以外の事由で免職されない旨保障した強行規定である。従つて、これに反する就業規則、通達などは無効といわなければならない。

しかるに、本件免職は単に禁錮以上の刑に処せられたということを理由とするものであり、法三一条列挙の事由以外の形式的基準に基づくものであるから、明らかに違法無効なものである。

(二)  申請人が関与したとされる事件は職場外におけるもので、申請人の公社員としての職務遂行とは時間的にも場所的にも全く関係のないものであり、被申請人の権限の全く及ばない範囲のものであるから、これを理由とした本件免職は違法無効である。

申請人は公社職員としての職務遂行とは全く関係なく前記演説会に参加したものである。

(三)  本件免職処分は憲法一四条、一九条、労働基準法三条に違反し無効である。

1  昭和三六年の春闘に際し、被申請人は同年三月二五日付をもつて申請人を六ケ月間基本給の一〇分の一を減ずる懲戒処分に付した。当時分会執行委員をしていた申請人と分会執行委員長のみが六ケ月に及ぶ減給処分を受け、他の執行委員など拠点職場へ闘争支援に赴いた組合員二五名は三ケ月の減給処分に止まつた、当日申請人は汽車に乗り遅れたため拠点職場への闘争支援に行けず、通常どおり出勤したのに特に重く処分され且つその後申請人以外の者は昇給の回復措置がとられたが、申請人についてのみその措置がとられていない。

2  昭和三八年春闘に際し、被申請人は同年三月八日付をもつて申請人を一ケ月間基本給の一〇分の一を減ずる懲戒処分に付した。当時申請人は労働組合役員をしておらず、単に一組合員として行動したのであるが、以上のような処分を受けた。

3  申請人は本件刑事訴追を受けたため、休職処分を受けその裁判確定後は本件免職処分に付された。しかしながら刑事訴追を受け、有罪が確定しても何んら不利益な取扱いをされなかつた例がある。

(1) 昭和三八年一一月施行された衆議院議員選挙に関し多数の被申請人職員が逮捕、勾留、起訴され有罪の判決を受けたが被申請人から休職処分にされたり免職処分にされた者はいない。

(2) 昭和三九年一一月ころ被申請人職員が交通事故により人を死に至らしめ、裁判により有罪の判決を受けたが、休職処分にもならず免職処分にもなつていない。

以上の如く申請人はその信条の故に被申請人から不当な差別取扱いを受けてきたのであり、本件免職処分も不当な差別取扱いであり、憲法一四条、一九条、労働基準法三条に違反し無効なものである。

五、申請人の家庭には妻と二名の幼い子供があり、昭和三六年一二月一四日休職処分に付されて以降申請人の給与は従前の六割に減じられ、一時は山口地方裁判所で休職処分無効の仮処分決定を得たものの昭和四二年一一月二七日これが取消され、苦しい生活を続けて来た。

ところで、申請人は本件免職当時、被申請人から月額手取三万四、三九〇円の給与を受けていたところ、本件免職により失業保険金以外にみるべき収入もなくなり、加えて被申請人から右仮処分によつて受領した金員の返還を請求され生活に困窮している。

よつて、本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を蒙ることは明らかであるから、申請の趣旨記載のとおりの仮処分命令を求めるため本件申請に及んだ

と述べた。

被申請指定代理人は答弁として

申請の理由第一項は認める。同第二項のうち、申請人が昭和三六年一一月二八日下関市所在の市民館OS劇場の事件につき公務執行妨害罪および傷害罪で起訴され、控訴および上告にもかかわらず有罪の認定を受け、懲役八月執行猶予三年の刑が確定していることは認めるが、その他は不知、同第三項は認める。同第四項は争う。同第五項のうち申請人が昭和三六年一二月一四日休職処分となつたこと、一時山口地方裁判所で休職処分無効の仮処分決定がなされたこと、昭和四二年一一月一六日右仮処分が取消されたことおよび申請人が右仮処分により受領した金員の返還請求を受けていることは認めるがその他は不知

と述べ、

被申請人の主張として、

一、被申請人は申請人が法三一条三号および就業規則五五条一項五号に該当するので、右法規に基づき昭和四三年一月五日付で申請人を免職にしたものである。

二、被申請人の職員は法三一条に該当する場合を除き、その意に反して降職または免職されることがなく、その旨保障されているところ、法三一条三号所定の「その他職務に必要な適格性を欠くとき」とは職員が公共事業に従事する者として必要な適格性(一般的能力)を欠くことをいうのであり、職員が誠実に法令を遵守することは服務の根本基準とされているのに(法三四条)、刑法を犯し禁錮以上の刑に処せられたような場合(執行猶予の有無に拘らず)もつとも典型的にその必要な適格性を欠くことに該当するものということができる。

このことは、従事する職務が公的である国家公務員および地方公務員につき、禁錮以上の刑に処せられたときは官職につく能力を有しないものとされ(国家公務員法三八条二号、地方公務員法一六条二号)、また当然失職となるものとされていることからも窺える(国家公務員法七六条、地方公務員法二八条四項)。

就業規則五五条一項五号は、法三一条三号の立法趣旨をうけ、その内容をふえんしているものである(公共的色彩の強い営業についても同趣旨の規定が設けられている。例えば弁護士法一七条一号、医師法七条、公証人法一六条、司法書士法一一条、学校教育法九条二項、質屋営業法二五条など)。

さらに退職手当の支給についてみるに、職員が禁錮以上の刑に処せられた場合、国家公務員等退職手当法のうえで、国家公務員が禁錮以上の刑に処せられ欠格によつて失職するときと全く同様の法律上の評価をうけ、この場合に職員は退職(免職)になることが予定されているとともに、同一の退職手当を支給しない旨規定しており(同法八条二号)、このことに照してみても、右法律解釈の正当であることが明らかである。

また、法三一条三号および就業規則五五条一項五号と同旨の規定は、被申請人についてのみでなく、その事業の公共的性質および設立の経過を同じくする日本国有鉄道および日本専売公社についても設けられている。

三、被申請人は現在公企業の形態をとつているが、その営んでいる電信電話事業は公共性の極めて強いものであり、一般私企業とは全く異質のものである。そして、被申請人の職員の地位が一般私企業におけるそれとは異なり、国家公務員に近いものであることは、被申請人の業務がかつて官営(電気通信省の所管)であつたことの沿革を辿るまでもなく、現行法規上、

1  職員は国家公務員と同様に一切の争議行為を禁止されていること(公共企業体等労働関係法一七条、一八条)

2  職員の服務基準がほぼ国家公務員と同様に定められていること(法三四条)

3  職員の給与は国家公務員の給与などを考慮のうえで定められ国会の議決を経て支出されること(法三〇条)

4  職員は罰則の適用に関し公務に従事するものとみなされていること(法一八条、三五条)

5  国家公務員の告発義務に関する規定が職員に準用になつていること(刑事訴訟法二三九条二項)

6  懲戒について国家公務員と同様に免職、停職、減給、戒告の四種類が定められていること(法三三条)

7  現金出納職員の責任について国の出納官吏と同様に定められていること(法七〇条、会計検査院法二九条六号)

8  物品管理職員の責任についても国の物品管理職員の責任と同様に配慮し定められていること(法七〇条、物品管理法三一条、会計検査院法二九条六号)

9  予算執行職員の責任について国の法令が準用されていること(予算執行職員に関する法律九条)

10  職員は国家公務員と同様に法定の事由があるときを除き、意に反して降職、免職あるいは休職されることがないこと(法三一条、三二条)

11  労働者災害補償保険法二条三項の適用について被申請人の事業は国の直営事業とみなされていること(法八二条)

12  失業保険法七条の適用について被申請人の役員および職員は国に使用されるものとみなされていること(法八三条)

13  退職手当の支給について、職員は国家公務員と全く同様に取扱われていること(国家公務員等退職手当法二条二項)

などに徴して明らかであり、また更に被申請人の総裁および副総裁が内閣によつて任命されること(法二一条)予算が毎年国の予算と共に国会に提出されること(法四一条、四八条)、会計検査院が公社の会計を検査すること(法七三条)、郵政大臣の監督に服していること(法七五条)、被申請人に国の各種の法律が準用されていること(日本電信電話公社関係法令準用令)などに照らしてみて一層明瞭である。

四、就業規則五五条一項五号によると、職員が禁錮以上の刑に処せられたときにはその意に反して免職されることがあると規定し、被申請人が具体的に免職にするか否かはその管理権に基づく裁量に委ねられるものであるとの建前をとり、また昭和三二年一二月二五日付電職第一四九号通達第二の三4によると、右裁量についての基準を定め、職員が禁錮以上の刑に処せられたときには原則として被申請人より排除(意に反する免職、懲戒免職など)されるものとし、例外として特別の事情により引き続き勤務させることが必要であると認められるときにはこの限りでないと定めているところ、申請人はその刑事事件の判決で認定を受けているように「警察官と知りながら、その頭部、顔面などを殴打し、足部をけりつけ、よつて公務執行妨害罪および傷害罪の犯罪を犯したもの」であるから、申請人の場合は右例外規定に到底該当せず、またこの例外の事情に該当するか否かはあくまでも被申請人自身の裁量権に委ねられているもので且つその裁量権の行使に濫用があるとは考えられないものである

と述べた。

(疎明資料省略)

理由

一、申請人が昭和二五年四月電気通信省に職員として採用され、昭和二七年被申請人が同省の業務を引継いだ際被申請人の職員となつたこと、昭和二五年一二月以降下関電報局の通信課・検査課において国内外の電報の送受信・検査の職務についていたこと、申請人が昭和三六年一一月二八日下関市所在の市民館OS劇場の事件につき公務執行妨害罪および傷害罪で起訴され、控訴および上告にもかかわらず有罪の認定を受け、懲役八月執行猶予三年の刑が確定していることおよび被申請人が就業規則五五条一項五号に該当するとして昭和四三年一月五日付をもつて申請人に対しその主張のとおりの免職辞令を交付したことについては当事者間に争いがない。

二、そこで本件免職処分の効力について検討する。

(一)  法三一条違反の有無について

原本の存在とその成立に争いのない疎乙第八号証によると、就業規則五五条一項五号に被申請人雇傭の職員(以下「公社員」と称する。)が「禁錮以上の刑に処せられたとき」その意に反して免職されることがある旨規定され、原本の存在とその成立に争いのない疎乙第九号証によれば、「職員の休職、免職、降職および失職について」と題する通達において、公社員が「禁錮以上の刑に処せられたとき」は被申請人より排除(懲戒免職、意に反する免職または辞職の承認)をするものとし、特別の事情により引き続き勤務させることが必要であると認めた場合において、被申請人総裁の承認を受けたときに限り、引続き公社員としての身分を保有し得る旨規定され、被申請人内部におけるその取扱方法を具体的に規定していることがそれぞれ認められる。

そこで、以上の諸規定が法三一条に照らし如何なる効力を有するかにつき考えるに、凡そ法三一条は、公社員が同条に規定する場合を除き、その意に反し降職されまたは免職されない旨規定し、その身分を恣意的にうばわれないことを保障する強行規定であるから、同条の規定に違反する就業規則ないし通達は、その限りにおいて効力を有しないものといわなければならない。

ところで、法三一条三号に規定する「その他その職務に必要な適格性を欠くとき」とは、公社員の地位が現行法令の建前上国家公務員の地位に近くそれに準ずる公共性の強い職務に従事するものとして扱われていることが認められるから、単に公社員として必要な専門的知識・能力を有しない場合に限らず、公社員が反社会的性格の強い犯罪をおかした場合のごときにあつては、それが公社員に必要な遵法精神の欠如を示しているのみならず、かかる公社員を職場内に存置させることは公共企業たる公社に対する国民一般の不信感を招き、かつ職場内部の規律をみだすおそれが強いものであるから、かような場合も公社員としての適格性を欠く場合に包含されるものと解すべきである。しかして、一般に禁錮以上の刑に処されることは、その犯罪の構成要件自体反社会的性格が強い犯罪類型に該当するか、または特に犯罪の情状が重い場合であるから、特段の事情が認められない限り、禁錮以上の刑に処されたことは、法三一条三号該当の事実を推定させる主要重大な事実というべきであり、特に右推定を覆えす反証のない限り、禁錮以上の刑に処せられたことをもつて公社員を免職にすることは、その限りにおいて法三一条三号の趣旨に反せず有効な取扱いと解する。

これに対し申請人において(1)、右懲役に処された公訴事実は無罪である、(2)、右公訴事実は職場外の事件に関するもので被申請人の統制の及ばないものであると主張するが、右有罪判決が確定したことは当事者間に争いないところ、これをくつがえし申請人が無罪であるとの疎明資料は何ら存在しないから(1)の主張は採用するを得ないものであり、(2)の主張については私企業の場合においては兎も角前記のとおりの公社員の法的地位に鑑みると、反社会的性格の強い犯罪行為に関する限り単に職場外の事件であることをもつてただちに公社の統制外の事件であるとし、処分を無効とする理由となりえないものというべきであるから、申請人の右主張はいずれも理由がなく、他に特段の事情を認むべき疎明は何ら存しない。

すると、被申請人において、就業規則五五条一項五号にもとづき申請人を免職にしたことは、法三一条三号の趣旨に反するものということができないから、その限りで本件解雇は一応有効ということができる。

(二)  次に申請人は本件免職が申請人の信条を理由とするものであるから憲法一四条、一九条、労働基準法三条に違反し無効である旨主張する。

しかしながら、本件免職は前記のとおり申請人が禁錮以上の刑に処せられたことを理由とするものであり、成立に争いがない疎乙第四号証によれば被申請人において公社員が禁錮以上の刑に処せられた場合交通事故のごとき過失犯を除き原則として免職処分に付していることが疎明され、その他の本件全疎明によるも申請人が主張するように申請人の思想信条を理由としてこれを差別し、他の公社員に比して特に不利益に取扱い免職にしたものと認めるに足りないから、申請人の右主張も理由がない。

三、以上の次第で、申請人の被保全権利の存在は疎明されず、保証をもつて疎明にかえ仮処分を命ずるのも相当ではないから本件仮処分申請はこれを却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文彦 土山幸三郎 小林茂雄)

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